イベント: 一龍斎貞水×佃島説教所 2009年8月30日(日)開場16:30 開演19:00
出  演: 人間国宝・一龍斎貞水
開催協力: (株)影向舎
演  目: 『真景累ヶ淵』より「宗悦殺し」三遊亭圓朝創作
旗本が金貸しの鍼医皆川宗悦を切り殺したことを発端に身内や子孫が不幸に陥っていく話。
検  証: 劇場設備のない現役の寺で怪談寄席が可能か否か。
当日の天気: 小雨のち本降りの雨。

会場図面(PDF:758KB)

プロローグ

昨年夏、講談師・一龍斎貞水さんに「廃墟で怪談」の出演依頼をしたことがご縁で、今年5月講談高座発祥の地、湯島天満宮で貞水師匠自ら企画する「燕晋亭」の寄席に誘って頂き、「今年はやらないのか」と聞かれたことが始まりだった。そのときは「わからない」と答えて帰り、翌月には会場全体をじっと観察するつもりで最後列に座って観た。

「九段下テラス」は1年半に渡って活動した、廃墟状に朽ちた歴史的建造物の使い方を検証する一連の企画で、その夏企画の一つが『廃墟で怪談』だった。重量制限付50人で一杯になる小さいスペースの、立入禁止措置のその向こうに、ほぼ一棟丸ごとの廃墟が広がっていたことが功を奏し、話題性が予想をはるかに超えて大きくなっていたのだが、企画者当人には成功したか否か、未だに確信が持てずにいて、開発業者の監視体制の中で神経が張り詰めていたためか、今でもところどころの記憶が無い。

師匠の言葉が社交辞令であってもやってみる気になったのは、今年は別の場所で同じメンバー達と笑うためだったかも知れない。採算の取れない小さなキャパの会場でスタートし、多くの出演料をお支払いできない代わりに、制作集団として人間国宝を裏方で支えるスタイルは気に入っていたし、企画者としては人間国宝の怪談にふさわしい場所をなんとか探し当てようと燃えたのだった。

会場の選定

上野の蔦が絡まる廃校は、「定額給付金の事務局になります」というし、今年09年近代化産業遺産の認定を受けた『根岸競馬場』がある根岸森林公園はイベント自体不可。被災した昭和名建築は、「屋根がないし、床が抜ける、夜間の不審者対応が課題」で諦めた。佃のイカした工場はピンポンと同時にダメ。一旦歩き出すと4〜5時間は歩く。そんな中、「あらっ」と言う感じで遭遇したのが『佃島説教所』だった。看板が補修中で外されていてどこにも表示がなく、失礼ながら廃寺のように見えたものだ。後日訪ねてみると、駅前立地で公衆トイレ隣接、建物内部は僧侶と参拝客の動線が明確に分かれている。これで課題はクリア、足りないのは大きな衝撃度。

宣伝活動

7月初旬に怪談の企画を出し、「寺は友引なら空けられる」、「土日は通夜・葬式が優先」との情報を元に日程調整、8月30日と決まる。その後、懸念していたとおり衆議院選とぶつかった。相当の覚悟の上、7月中に公的媒体へ前宣伝開始、8月に入ってwebで公開。チラシ、DM配布開始。10連休だった盆休みと選挙戦に話題がさらわれて苦戦する。神保町と違って、地元商店街の協力体制のあまりの薄さに口あんぐり。月島に住み広告業界で働く後輩からメールが届く。「月島のおやじたちは食えないでしょ」。「食えない!」(返信)

8月半ば過ぎ、地元自治会長さん達が自前の掲示板にポスターを貼ってくれるようになり、ほぼ毎日通って往復した商店街でも宣伝協力が得られるようになる。ホントに何度ももんじゃを食べたなあ。時を同じく駅貼広告を開始、代理店の岡田さんと交代でチラシの補充に行き、知っている限りの友人たちに宣伝協力を要請した。私が折れずにいられたのは、新聞の中の一文。「一週間前の選挙予想なんて、当たったためしが無い。」だから私は選挙ポスターの横に怪談のポスターを貼って対抗させてもらったのだった。

本番当日

[会場設営]:あいにくの雨、夏最後の風情として外に吊るした南部鉄の風鈴が物悲しい。図面での検討に従って、2色3種類ある座布団100枚を違和感ない配色で敷き並べ、1割の椅子席とスタッフ作業台を設置。雨なので傘立てや靴袋を用意。会場選定の際、制作協力の影向舎さんからの絶対条件だった、完全な暗室化を確認。寺なので正面は木戸、一方の窓際は隣の外壁が光を遮り、夕方には陽が入らない。会場となる本堂は4周部屋に囲まれて元々暗い。ということで、今回は窓を塞ぐ必要がなくなった。

説教所を借りることができるのは1日限り。仕込みから撤収まで全てその日のうちに行う。そして、昨年もそうだったが全員揃って演目を行うのはただ一度、本番一発勝負である。事前に想定していたことも、実現不可能ならば切り捨てる。どうしてもやりたかったことは、元禄10年から寺にある由緒ある太鼓を効果音で使うことと、ご本尊を一瞬だけライトアップして登場させることだった。前者は採用され、後者は実現されなかった。開場10分前に、もう一つ決めていたこと。スタッフ全員正座して、ご本尊に成功祈願、そして身内の不幸のために不在となったスタッフのお母様のご冥福をお祈りした。

[開場-受付・案内]:人間国宝を満席でお迎えできることに心から感謝しつつ、ご予約頂いたチケットは受付で手渡し。若干の当日券が出る。このとき、宣伝協力してくだった町会や商店街から集めたマップやショップカードを併せて配布。100名の来場者を2名で捌くのに精一杯。会場内が混雑してくると、誘導に支障が出始め、足腰の悪い方用の椅子席の予約に関してクレームがついた。

[待合室とお茶]:廊下を挟んだ会場脇に待合室を用意していた。冷茶を無料サービスし、希望者には略式のお点前でお茶を飲みながら、開演までお待ち頂こうかと。残念ながら利用率が低く、自由席での観客の流れは、受付を通り目的の場所に真っ先に向かい、そこに一旦身を置くと動かないのだと途中から気がついた。開場を1時間前にし、廊下側の障子を開放していれば、建物自体をもっとゆっくり楽しんで頂けたかと思う。(待機して頂いた壺月遠州流禅茶道の中村如栴さんにお礼とお詫び申し上げます。/企画者)

[映像]:昨年の断片映像を流すのは、開演前の開場照明と雰囲気作りが目的。内容をシャッフルし、蛙の鳴き声と沼地の映像を別取りして編集した。事前に了解は得たものの、著作・肖像権の観点から、後半部を無音で流すことになる。開演時間が押したこともあり、意図が伝わるか、お客様が退屈しないかが気がかり。

[遅刻者対応]:開演時間になって未到着者7名。携帯で到着時間を確認後、10分遅れでスタート。途中入場者1名。

[お子様対策]:チケット予約時に申し出のない、乳児連れのお客様1名。上演中に泣き始めてしまい、お客様側の判断で退席。

[会場照明]:導入部の会場がイメージしていたより広範囲で明るく、平坦な印象だった。徐々に話術に引き込まれていく後半部は、貞水師匠の手元から繰り出される特殊照明と折戸の背後からの環境照明で、求心力を得ていたと思う。
実は怪談本流の照明を担う影向舎さんとは別に、建物の照明演出を受け持つ照明デザイナーを用意していたが、身内の不幸により機材を所持したまま本番不在。より陰影のある照明で寺の魅力を表現したかったが、その部分が欠けたことが悔やまれる。

検証結果

「人間国宝の怪談」にふさわしい場所は、そうは無い。まして都心部で見つけ出すのは難しい。使われない建物は、それなりに理由を持って使われない。私達がやっていることは、場所に対する企画である。その場所でやることの必然性又は意外性を問うたり、潜在的に持っていた魅力を引出すことを試みたりする。それが面白いので、同じ場所で同じことをすることは、恐らく二度とない。

無事に第二弾を終えて振返ると、今回苦しんだのは衆議院選のせいだけではなく、土地柄も大きく影響していた。実際、直前まであらゆる宣伝対策が必要だったし、夏のほとんどを月島で過ごした。初めての場所で何かを発信するときは、その場所に何度も通いよく理解した上で、土地の協力者を得ることが重要だと実感している。
こうして開拓した場所について情報公開することで、誰かがその場所と出会うかもしれない。また、日本の古典芸能に目覚めるかもしれない。この構えで失礼を恐れずに言えば、貞水師匠が足腰立たなくなるまで、年に一度ご一緒させて頂けたら面白いと考えたりしている。そのために、私達はもっと成長しておかなければ。
佃島説教所は寄席に適した場所です。地元の皆様、世話役の皆様、お世話になりました。スタッフの皆様、またいつか。 (企画者)
廃墟で怪談実行委員会/映像:marquees+AVSS Gデザイン:今林せいじ 写真:堀平智子 WEB広報:新川尊子 企画:新藤典子

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