企画書(PDF:228KB)

教科書図書館「東書文庫」編

「東書文庫」は、東京書籍が運営する日本最初の教科書図書館。江戸末期以降の教科書を中心に約15万冊の資料を体系的に所蔵する。その内訳は寺子屋や藩校で使われた教科書、明治期の検定教科書、国定教科書、旧制中学校教科書、戦後の検定教科書などの他、原画、掛図、版木など。年間600〜800人が来館し、閲覧者は世界各国に及び教育者や研究者のほか、遠方から思い出の教科書を求めて訪れる人もいる。

歴史 母体である東京書籍は、1909年(明治42)に国定教科書の翻刻発行会社として設立、昨年100周年を迎えた教科書出版の最大手企業。その創立25周年を記念して教育関係専門図書館を企画、1936年(昭和11)に竣工した「東書文庫」は70周年の節目で増築され、現在の規模となる。開館当時は、約1万冊の所蔵本と文部省から寄贈された明治期の検定教科書約4万7千冊を基にした。戦時中は教科書の焼失を守るために職員が奔走したという。

建築 東書文庫と現リーブルテック社の工場・社屋は、淡褐色のスクラッチタイル貼りで統一され、アール・デコ様式を取り入れた一体感のある外観として計画された。後に別会社として分離したが、対角に配置された建物正面と門構えは、互いに丸みを帯びた壁と呼応して美しい景観を生んでいる。東書文庫の建物は、正面のハネ出しスラブを支える2本の丸柱が特徴的。また、主構造をRC(鉄筋コンクリート)造とし、関東大震災以降の日本が不燃化を目指してコンクリートを選んでいく時代の遺産でもある。

文化財的価値 東書文庫の建物は1999年(平成11)に都・北区の「有形文化財」指定され、2007年(平成19)に「近代化産業遺産」に認定される。2009年(平成21)には蔵書7万6千点が国の重要文化財に指定され、時代の教育思想と建物が一体として展示される稀有な施設。その価値は、東書文庫が文化財指定のために立候補したのではなく、文化庁の推薦で学術審議会が決定したというほど揺るぎないもの。学問的価値のみならず、圧倒的量と質を分類保存している点でも高く評価された。 「(東書文庫は)江戸時代末期から現在に至るまで教科書を系統的に持っている。教科書を管理保存し、公開することは企業の社会貢献と考えている。それらの教科書の内容評価は見る人がすればよい。文化財となったことの制約やデメリットは感じないが、劣化していく蔵書の保存が今後の課題。」と上野館長は語る。教科書を後世に残すために、閉架式書庫を採用し、温度・湿度の管理を徹底している。

教育と教科書 近代とはペリーが来航した1953年以降を言う。日本は近代において国家として大きく変化した。明治政府の掲げた方針は『天皇を中心とした軍事的に強い工業国家』であり、そこに到達するために読書きを中心とした基礎学問と理数教育を重要視した結果、明治20年代の日本に産業革命をもたらした。為政者は自らが描く国家形成の実現を教育をもって行い、その媒体となったのが教科書である。明治時代、教科書は自由発行の後、届出制、認可制、検定制の後、1896年(明治37)からは国定制度になった。教科書の編集を国家が行う『国定制度』は、太平洋戦争で敗戦する1945年(昭和20)8月15日で終わりを告げた。この日を境に、GHQの指導のもとで軍国主義から民主主義へと教育の大変革が行われ、同年9月から再開された授業では新方針による教科書が間に合わず、国定教科書で軍事色の強い不都合な記述に墨を塗る方法が取られた。これが「墨塗り教科書」である。翌21年には「折りたたみ教科書」といって、墨と絵の部分を除いた16ページ分の教科書を新聞紙に印刷したものが数回配布されており、自分で折って使うようになっていた。1949年(昭和24)から民間発行の教科書が現れ、文部省の学習指導要項に基づく『検定制度』へと移行する。以来、約10年に1度の割合で指導要領は改訂され,教科書もそれに基づいて改訂された。2011年(平成23)からの第8次指導要領では、ゆとり教育から脱却するという。これは第7次で学校5日制となり3割削減された学習内容を、元の第6次の水準に戻すのが狙い。先日見たニュースでは、「5日制のままで教科書の厚さが1.5倍になる」と報じており、教育現場からは「時間が足りない」と悲痛な声があがっていた。

館長コメント 教科書改訂について、館長の見方は大方こうだ。「学力低下の要素はいろいろある。内容が減ったから学力が低下したとは思わない。現状は『ゆとり教育』といわれているが、学校現場サイドで考えればゆとり教育ではない。したがって、学習内容を増やしても、学力低下を解決することにならない。」

未来の教科書 今、タッチパネル式の電子書籍が話題となっている。教科書もまた例外ではないようだ。先日のテレビ番組で、ソフトバンクの孫社長が電子教科書の早期の導入を訴えていた。「1台2万円ででき、その後の更新コストが現行より低い年間400億円で済む」という。東京書籍は、2011年度(平成23)から実施される小学校の新学習指導要領に対応して、4科目の電子黒板を作る予定と発表している。[参考/YOMIURI ONLINE ※電子黒板とは、教師が使用するマルチメディア化した教材のこと。]

まとめ 東書文庫に保存された「紙の教科書」は、今後ますます貴重なものへと昇華していくことだろう。時代教育の最先端と文化財保存を同時に担うとは、なんともすごい会社だなぁ、と改めて感じ入った。桜の時期に教科書について考えるきっかけを与えてくださった、東書文庫様と上野館長に感謝申し上げます。(企画者/新藤)

[参考/東書文庫パンフレット・東書文庫HP] 現地取材2009.04.06

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